カスタマーハラスメント(ペイシェントハラスメント)対応

Patient Harassment Response - For Management

医療機関の経営者・管理者の皆様へ。医療現場で発生する患者等からの暴言・暴力・不当要求について、体制構築から発生時の対応、法的措置までご支援します。

1. 2026年10月、事業者の義務化

改正労働施策総合推進法が2026年10月1日に施行されます。

これにより、事業者にはカスタマーハラスメント(顧客等からの著しい迷惑行為)の防止対策が義務付けられます。

医療機関も例外ではありません。

患者やその家族から職員が受ける暴言・暴力、威圧的な要求、執拗な苦情等は、改正法上のカスタマーハラスメントに該当します。

医療現場では「ペイシェントハラスメント」とも呼ばれます。

事業者には、以下の措置が義務として求められます。

  • 事業者の方針の明確化と職員への周知
  • 相談・苦情に応じ、適切に対応するための体制整備
  • 発生時の迅速かつ適切な対応

医療機関がこれらの措置を怠ると、職員に対する安全配慮義務違反(労働契約法5条)を理由に、民事上の損害賠償責任を問われる可能性があります。

当事務所では、医療機関の体制構築、規程・マニュアルの整備、発生時の対応、法的措置の選択まで、一貫してご支援いたします。

2. 医療現場で起きていること

ペイシェントハラスメントは、診療内容への正当な不満や疑問とは異なります。

要求の内容が妥当であっても、その手段や態様が社会通念上不相当である場合、これに該当します。

医療現場で問題となる典型的な行為は以下のようなものです。

  • 身体的な攻撃(暴行、傷害、物の破損)
  • 精神的な攻撃(暴言、脅迫、侮辱、名誉毀損)
  • 威圧的な言動、土下座の要求
  • 継続的・執拗な苦情
  • 居座り、長時間の電話、不退去
  • 差別的な言動、性的な言動
  • 職員個人への攻撃、個人情報の要求

これらが放置されると、職員の心身に影響が及び、休職や離職につながります。

医療機関にとっては、人員確保の困難、診療の質の低下、組織全体の士気の低下といった経営上の問題に発展します。

加えて、対応を誤ると医療機関と職員との間に新たな労使問題が生じることがあります。

例えば、ペイハラを放置したことで職員が不調をきたした場合、職員から医療機関に対して安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求が提起される可能性があります。

ペイハラへの対応は、患者対応の問題であると同時に、医療機関の労務管理の問題でもあります。

3. 医療機関に求められる体制

改正労働施策総合推進法および各種条例(東京都カスタマー・ハラスメント防止条例等)が事業者に求める体制は、概ね以下の要素で構成されます。

院内規程・マニュアルの整備

職員の対応を標準化するため、規程・マニュアルを整備します。

「どのような行為がペイハラに該当するか」「どの段階で誰に報告するか」「警察や弁護士にいつ相談するか」といった判断基準を文書化することで、現場の判断のばらつきを抑えます。

規程・マニュアルは、医療機関の規模、診療科、患者層によって異なります。

画一的な雛形を導入するのではなく、自院の実態に合わせた設計が必要です。

院内掲示・周知

「ハラスメントは許さない」という医療機関の姿勢を、院内掲示等で患者・来院者に明示します。

過剰な要求の場合には警察に通報する場合がある旨を併せて明記することで、予防的な効果が期待できます。

待ち時間や診察の順番等、患者の不満が生じやすい場面についても、事前に院内掲示で説明することで、トラブルの発生を予防できます。

相談・通報窓口の設置

職員がペイハラ被害を受けた際に、安心して相談できる窓口を設置します。

看護管理者、事務長、顧問弁護士等を窓口として明示し、職員が相談しやすい体制を作ります。

職員研修

ペイハラの定義、対応の基本姿勢、初動対応の手順、エスカレーションの判断基準等について、職員への研修を実施します。

当事務所では、医療機関の規模や職員層に応じた研修プログラムをご提供いたします。

4. 発生時の対応フロー

ペイハラが発生した場合、現場での初動対応と、医療機関としての対応を区別して進めることが重要です。

現場での初動対応

職員は、落ち着いて毅然とした態度で対応します。

要求に応じられない場合は「要求には応じられません」と明確に拒否することが、その後の対応の出発点となります。

要求の内容については、5W1Hを意識して聴取します。

途中で話を遮ると感情的になって収拾がつかなくなることがあるため、まずは話を聞くことに徹します。

その場で結論を出そうとせず、「いったん持ち帰って検討する」という対応で構いません。

可能であれば、複数の職員で対応する、別室に案内する等の方法も有効です。

二次被害の防止

患者対応を事務に移行し、もはや診療の場面ではないことを患者・家族に認識させます。

診療と苦情対応を切り分けることで、診療中に再度ハラスメントが発生することを防ぎます。

被害当事者のケア

被害を受けた職員に対しては、必要に応じて治療や心理的負担に配慮したケアを行います。

被害当事者を孤立させない体制が、その後の職員の定着率にも影響します。

関係職員への周知

主治医や関係部署に経緯を伝えることで、診察時等に同様の事態が発生しないようにします。

情報共有の範囲は、患者の個人情報保護とのバランスを考慮して判断します。

警備員・警察との連携

身の危険を感じる事態では、警備員や警察への臨場依頼を躊躇してはいけません。

「警察沙汰にしたくない」という配慮は、職員の安全と医療機関の責任を考えると、適切な判断ではない場合があります。

顧問弁護士との連携

無断録音の可否、証拠保全の方法、今後の対応方針については、法的な観点からの検討を要します。

発生時の対応は、その場の判断が後の法的措置の成否を左右することがあり、初動の段階で方針を誤ると、せっかくの対応が証拠として活かせなかったり、かえって医療機関側の立場を弱めたりする場面も見受けられます。

当事務所では、こうした初動対応の段階から、医療機関と連携して対応にあたっています。

5. 発生後の対応

事案が一段落した後の対応も、再発防止と医療機関の責任追及の観点から重要です。

事実関係の確認・調査

職員からの聞き取り、診療録の確認、不足箇所の追記等を行います。

診療録に記載が不足している場合、追記であることを明示した上で速やかに記録化します。

加えて、ペイハラの発生状況そのものを記録化します。

日時、場所、関与した職員、患者・家族の言動、対応の経過を、事実に即して記録します。

証拠の保全

物的損害がある場合は写真撮影、電話での威圧があった場合は録音データの保全等を行います。

後日の法的措置を視野に入れた証拠保全は、初動段階での対応が結果を左右します。

方針の統一

現場の事実関係に対する認識を確認し、医療機関としての方針を統一します。

現場と経営層の認識がずれていると、その後の対応が一貫せず、医療機関としての判断が揺らぐ原因になります。

法的措置の検討

事案によっては、以下の法的措置を検討します。

  • 文書による警告・通告
  • 警察への相談、被害届の提出
  • 刑事告訴
  • 民事上の損害賠償請求

これらの法的措置は、被害回復だけでなく、予防的な効果も持ちます。

「あの医療機関では過剰な要求が通用しない」という認識が広まることで、同種の事案の発生を抑制します。

法的措置を取るか否か、どの措置を選択するかは、事案の重大性、証拠の状況、医療機関の経営判断を踏まえて、個別に検討します。

当事務所では、医療機関の状況に応じた助言と支援を行います。

6. カスタマーハラスメントの法的定義

カスタマーハラスメントは、厚生労働省の整理では、職場において行われる、①顧客等の言動であって、②その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものとされています。

医療現場で問題となる不当要求の典型例

実務上は、医療機関側に過失がないにもかかわらず慰謝料等の支払いを要求する類型(いわゆる「ア」型)と、職員個人の連絡先を教えるよう求めるなど診療と無関係な要求を行う類型(いわゆる「イ」型)に整理されることがあります。

クレームとカスハラの境界

すべてのクレームがカスタマーハラスメントに該当するわけではありません。

正当な不満や疑問の表明はクレームであり、医療機関として真摯に対応すべきものです。

社会通念上不相当な言動が伴って初めて、カスタマーハラスメントとして取り扱う必要が生じます。

ただし、「社会通念上不相当」は評価概念であり、一義的に定まりません。

要求が正当なのか、ハラスメントなのか、その境界が明確でない場合があります。

正当なクレームに過剰反応すれば患者との信頼を損ない、逆にハラスメントを正当な要求と捉えて受忍を続ければ、職員を危険にさらすことになります。この線引きは「社会通念上不相当」か否かという視点から評価・検討されるため、一律に判断することができません。

当事務所では、個別の事案がカスタマーハラスメントに該当するかの判断について、医療機関の状況を踏まえてご相談に応じています。

7. 関連する法令・条例

ペイハラ対応の法的根拠は、複数の法令・条例にまたがります。

改正労働施策総合推進法(2026年10月施行)

2026年10月1日に施行される改正労働施策総合推進法は、事業者にカスタマーハラスメントの防止対策を義務付けます。

具体的には、事業者の方針の明確化、相談体制の整備、発生時の適切な対応等が求められます。

これらの措置は、医療機関の実態に照らして合理的なものである必要があります。

医療機関ごとに異なるものであり、一律に決定できるものではありません。

東京都カスタマー・ハラスメント防止条例

東京都内に所在する医療機関には、東京都カスタマー・ハラスメント防止条例が適用されます。

条例は、事業者に対し、カスタマーハラスメントの防止に主体的かつ積極的に取り組むこと、就業者がハラスメントを受けた場合に速やかに安全を確保し、必要かつ適切な措置を講じることを求めています。

条例は、カスタマーハラスメントを「顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するもの」と定義しています。

労働契約法5条(安全配慮義務)

労働契約法5条は、使用者に対し、労働者の生命・身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をすべき義務を課しています。

医療機関には、職員に対するハラスメントから心身の健康と安全を守る義務があります。

ペイハラを放置したことにより職員が心身の不調をきたした場合、安全配慮義務違反を理由とする民事上の損害賠償責任を問われる可能性があります。

自治体条例

東京都以外の自治体でも、カスタマーハラスメント防止に関する条例の制定が進んでいます。

北杜市ハラスメント撲滅宣言条例のように、市民等による撲滅宣言を求めるものから、事業者の責務を定めるものまで、内容は自治体により異なります。

医療機関の所在地の条例を確認することが必要です。

8. 応召義務との関係

医療機関の経営者の方から、しばしば以下の疑問が寄せられます。

「医師には応召義務があり、嫌な患者も診なければならないのではないか」

応召義務は、医師法19条1項に「診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と規定されています。

保健師助産師看護師法、薬剤師法、歯科医師法にも同様の規定があります。

「正当な事由」の判断基準

「正当な事由」は法律上明確に定義されていません。厚生労働省通知(医政発1225第4号 令和元年12月25日)が判断基準を示しています。

「正当な事由」があるかどうかは、緊急性の有無、診療時間内外の別、患者との信頼関係、代替医療機関の有無などを踏まえて判断されます。厚生労働省通知も、個別の事情に応じた判断を前提としています。

信頼関係喪失の場合

緊急対応が不要かつ診療時間内の場合であっても、以下の事情があるときは、診療拒否が正当化されます。

  • 患者の迷惑行為により、診療の基礎となる信頼関係が喪失している(例:診療内容と関係ないクレームを繰り返し続ける)
  • 悪意をもって医療費を支払わない(医療費の未払いが重なる場合は悪意の推定が働く)
  • 医学的に必要のない自由診療において、支払い能力がない
  • 医学的に入院継続の必要がなく、通院治療で足りる場合の退院・転院

結論

応召義務があることを理由に、医療機関がペイハラを我慢する必要はありません。

診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合、診療拒否は正当化されます。

個々の事案の事実関係に即した評価を要するものであり、現場の判断だけで結論を出すことが悩ましい場面も見受けられます。

当事務所では診療継続・終了の判断について、医療機関の置かれた状況を踏まえてご相談に応じています。

9. 該当しうる刑事犯罪

ペイハラの態様によっては、以下の刑事犯罪に該当する可能性があります。

犯罪類型 該当する典型行為
暴行罪・傷害罪 殴る、蹴る、物を投げつける
脅迫罪 害悪を告知して脅す
名誉毀損罪・侮辱罪 公然と侮辱する、虚偽の事実を流布する
不退去罪 退去要求に応じず居座る
威力業務妨害罪 威圧的言動により業務を妨害する
強要罪 義務のないことを強要する(土下座要求等)
器物損壊罪 院内の物品を破壊する

これらの犯罪が成立する場合、警察への相談、被害届の提出、刑事告訴を検討します。

刑事手続きを進めるか否かは、事案の重大性、証拠の状況、医療機関の経営判断を踏まえて、個別に判断します。

実際に法的措置を取ること、またそれを公表することには、同種の事案を抑止する予防的な効果があります。

当事務所では、警察対応の助言、被害届・告訴状の作成支援、刑事手続きの進行についての助言を行います。

10. 民事上の損害賠償請求

ペイハラの被害を受けた医療関係者および医療機関は、民法709条に基づく不法行為による損害賠償請求が可能です。

請求しうる損害は、事案により以下のように構成されます。

  • 治療費・通院交通費(暴力により負傷した場合)
  • 休業損害(被害により就業困難となった場合)
  • 慰謝料(精神的苦痛に対する賠償)
  • 物損(破損された物品の修理費等)
  • 弁護士費用(一定の範囲)

法的措置の戦略的意義

損害賠償請求や刑事告訴といった法的措置は、被害回復の手段であると同時に、予防的な意義を持ちます。

法的措置を実際に行い、その事実を院内に周知することで、「この医療機関では過剰な要求が通用しない」という認識が職員間に浸透します。

職員の安心感は、結果として職員定着率の向上、医療の質の維持につながります。

また、患者・来院者側にも一定の抑止効果が期待できます。

法的措置を取った事案は、口コミ等を通じて地域内で認識されることがあり、同種の事案の発生を予防します。

法的措置を取らない判断

事案によっては、法的措置を取らず、内部対応で完結させる判断もあり得ます。

証拠が不十分な場合、被害者が法的手続きを望まない場合、医療機関の規模・地域性から訴訟が適切でないと判断される場合等です。

法的措置を取るか否かの判断は、医療機関の経営判断と密接に関わります。

当事務所では、医療機関の状況を踏まえた助言を行います。

おわりに

ペイシェントハラスメントへの対応は、患者対応、労務管理、法的措置が交錯する領域であり、一つの判断が他の場面に影響します。本ページで述べてきたとおり、個々の場面で求められる判断は、医療機関の規模や状況、事案の事実関係によって異なり、画一的な正解があるわけではありません。

だからこそ、問題が大きくなる前の段階から、法的な観点を交えて方針を整理しておくことが、結果として医療機関と職員を守ることにつながります。

当事務所では、体制の構築から個別事案の対応まで、医療機関の置かれた状況に応じてご相談に応じています。まずはお気軽にお問い合わせください。

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